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青森地方裁判所 昭和32年(行)10号 判決 1961年8月22日

原告 久慈哲四郎

被告 青森県知事

主文

被告が、原告に対し、別紙第二目録記載の各土地につき、昭和三二年五月一六日付でした買収処分は、無効であることを確認する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同趣旨、若し右請求が認容されないときは二次的に、「右処分を取り消す。」との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、別紙第一目録記載の山林は、原告の先代政勝の所有であつたが、同人が、昭和二〇年一〇月一九日、旧民法上の隠居をしたので、同日原告が家督相続をして右山林の所有権を取得したものである。

二、旧上長苗代村農業委員会(以下、村農委という。)は、同目録1記載の山林を別紙第二目録1、2記載の畑に第一目録2記載の山林を第二目録3ないし5記載の畑に各分筆、地目変更したうえ、昭和二八年一〇月、その買収を決議したので、原告は、同農委に対し異議を述べたところ、同農委は、これを取り消した。

三、その後、原告は、八戸市上長地区農業委員会(以下、地区農委という。)から農地法第八条に基く通知を受けず、昭和三一年九月一日、同農業委員会の右通知に代わる公示があつたが、原告は、法定の期間内に本件土地を他に任意に譲渡しなかつたところ、同農委は、昭和三一年七月一日、同月七日、一方的に、第一目録3記載の山林を第二目録6ないし9記載の畑に、第一目録4記載の山林を第二目録10記載の畑に各分筆、地目変更したうえ、第二目録記載の土地全部につき、昭和三二年一月九日、買収決議をした。

四、原告は、昭和三二年六月二八日、被告から、同年五月一六日付の「買収時期を同年七月一日とする農地法第九条(第六条第一項第一号)に基く買収令書」の送達を受けたのである。

五、しかし、右買収処分には、次のような重大かつ明白なかしがあるから無効である。

(1)  本件土地は、元来、山林であり、原告においてこれを一時、切替畑にして植林計画中の土地である。すなわち、本件土地は、元来、登記簿上山林であつたのを前記原告の先代政勝が、大正一二年三月三一日その所有権を取得して、落葉松を植林、育成して来たものであるが、前記一記載のように原告が同人を家督相続してから、昭和二二年に右山林(当時の樹令は三〇年)を伐採し、同地内に再び植林しようとしていたところ、昭和二四年三月ころ、右山林の看視人である訴外大島長一郎から、右伐採跡地を二~三年切替畑にしたうえで植林するように勧められたので、原告は同人の勧告に従い、そのころから、同人に対し、本件土地を、三年間、無償で 切替畑として使用させることにしたものである。

(2)  本件土地は、小作地ではない。すなわち、

原告は、昭和二七年春ころ、前記大島長一郎に対し、本件土地の返還を求めたところ、当時、本件土地を事実上無償で耕作していると称する訴外大島金次郎ほか二名の者が原告宅に来て、一年間の返還の猶予を乞うたので、原告は、これを承諾したが、同人らは、期限後も原告の返還請求に応じないものである。つまり、本件土地は、右訴外人らが不法に耕作しているものであつて、小作地ではないのである。

以上(1)、(2)に説明のところから明らかであるように、原告は、本件土地につき農地法第九条第一項本文前段、第六条第一項第一号により買収される理由がないのであり、右かしは、重大かつ明白なかしというべきであるから、本件買収処分は無効である。

六、そこで、原告は、昭和三二年七月七日、農林大臣に対し、本件買収処分の取消を求めるため、訴願を提起したが、今日に至るも未だ裁決がない。

七、よつて、原告は、被告に対し、一次的に、本件買収処分の無効であることの確認を求め、これが認容されないときは、二次的に、本件買収処分の取消を求のるため、本訴に及ぶ。

と述べた。証拠<省略>

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、

1  請求原因事実一は認める。同二のうち、村農委が原告主張のころ、その主張の買収決議をし、原告の異議申立に基き右買収決議を取り消したことは争う、同三、四は認める。同五の1のうち、原告が山林を伐採したこと(但し、伐採の時期及び伐採木の樹令を除く。)は認めるが、本件土地が切替畑であることは否認する。同五の2は否認する。同六は認める。

2  本件土地は、切替畑ではなく、純然たる畑となつたものであり、もち論、農地法第七条第一項第五号の手続もなく、被告知事の指定もないのである。

3  原告は、八戸市農業委員会の所管区域内に住所を有しているところ、本件土地は、地区農委の所管区域内にあり、原告が、訴外上村六助、川村長吉、上村鉄五郎、小向久八、大島長一郎らに賃貸していた土地であるので、被告は、これを農地法第九条(第六条第一項第一号)に基いて買収したものであるから、本件買収処分には、原告の主張するようなかしは存しない。

と述べた。(証拠省略)

理由

第一目録記載の各山林が、もと原告の先代政勝の所有であつたところ、同人が昭和二〇年一〇月一九日、旧民法上の隠居をしたので、同日、原告が家督相続によりその所有権を取得したものであること、被告が昭和三二年年六月二八日、原告に対し、第二目録記載の各土地(これは、第一目録記載の山林を村農委、地区農委において各分筆、地目変更したものであることは、証人上野一郎の証言、原告本人尋問の結果及び本件口頭弁論の全趣旨により認められる。以下、本件土地という。)につき、農地法第九条(第六条第一項第一号)に基き、買収時期を同年七月一日とする同年五月一六日付の買収令書を交付して買収処分したことは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、原告主張の無効原因の存否について考察する。

本件土地が、もと登記簿上山林であり、原告の先代政勝がその所有権を取得して以来、落葉松を植林、育成して来たものであることは当事者間に争いがないところ、証人大島長一郎、上村六助、小向久八、大島仁兵衛、川村長吉、久慈千枝子(以上各一部)、松原興一の各証言、原告本人尋問の結果及び検証の結果を総合すると、原告が昭和二二年春ころ、本件地上の立木(落葉松)を伐採し、同地内に再び植林しようとしていたところ、昭和二四年春ころ、本件土地が全面にわたり笹藪になつており、更に伐根等もあるところから、当時、本件山林の看視人をしていた訴外大島長一郎から、本件土地を三年位切替畑として耕起したうえ、植林した方がよいと勧められたので、そのころ、同人に対し、期間を三年として本件土地を切替畑とする趣旨で無償で耕作させることにしたこと、同人は、当時、訴外大島金次郎の依頼もあつたので、原告に無断で金次郎のほか訴外上村六助、小向久八、上村鉄五郎、川村長吉らに対し、本件土地を耕作させることとし、みずからもその一部を耕起し、笹藪の大部分と伐根を相当除却して耕作したこと、ところが、約定の期限の迫つた昭和二七年秋ころ、原告は、大島長一郎に対し、本件土地の返還を求めたところ、同人からはなんらの返答もなく、前記金次郎、上村六助、小向久八ら三名の来訪を受け、同人らから、返還を一年間猶予してもらいたい旨の申入を受けたので、原告は、止むなく植林を一年延期することとして右申入を承諾したこと、ところが、金次郎を除く、その余の耕作者らは、本件土地中各耕作部分を期限までに返還する意向であつたのに、金次郎だけは期限までに返還する様子がなかつたので、原告は、昭和二八年七月ころ、金次郎に対し、期限内に植林するからといつてその耕作部分の返還を求めたところ、同人は一年後に返還する約束をした覚はないと称してこれを拒み、その後、金次郎に同調した他の耕作者らも前記約定期限を経過してもなお原告の返還請求に応じないで、本件土地の耕作を続けているものであること、そして、本件土地は、東北本線尻内駅の北方約二、五〇〇米の所に位置し、その北方及び南西方に陸続する丘陵地帯の一部に属し、緩、急の斜面を形成していること、以上の事実が認められる。右認定に反する前記証人の証言部分及び証人上野一郎の証言は、にわかに採用できないし、他に右認定を左右する証拠は存しない。

右認定の本件土地に対する原告の主観的意図及び本件土地の客観的事実状態を総合すると、本件土地は、原告において、耕起されてから遅くとも四年後には植林することが実現される状況にあつたが、前記訴外人らの不法耕作の継続によりその目的を阻害されて来たものであるから本件土地は、いわゆる切替畑として耕作を開始されたものというべく(この点について、被告は、本件土地について、原告から被告に対する切替畑指定の申請がなく、被告知事の指定もないから、切替畑ではない旨主張するが、切替畑の実質を有する土地について、その指定の申請があれば、知事において指定をしない自由を有せず、必ず指定をしなければならないものと解すべきであるから、被告の右主張は採用できない。)、しかも本件買収当時、本件土地は、明らかに前記訴外人らの不法耕作地であり、更に、前掲証拠によると、前記地区農委等においても、原告側にもよくあたり、関係人を調査すれば右の事実は容易に判明し得たことが認められるから、これを小作地としてした被告の本件買収処分は、重大かつ明白なかしがあり、当然無効といわなければならない。

よつて、原告の本訴第一次の請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野村喜芳 福田健次 野沢明)

(別紙目録省略)

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